March 2006 アーカイブ

百人一首

実は百人一首が好きだと言ったら、意外な顔をされた。中学の頃テストで覚えさせられた記憶もあるが、好きな歌はそうでなくても覚えている。祖母も母も百人一首は好きで、お互い好きな歌について喋ったりもしていた。



短い文字数の中に、掛詞、比喩、言葉あそび、意味の重ねあい。美しい、と思う。



あらざらむ この世のほかの 思ひ出でに

今ひとたびの あふこともがな(和泉式部)


(私は死んでしまってこの世からいなくなるでしょう。この世の思い出にできるように、せめてもう一度、お会いしたいのです…)

祖母の好きな歌。





かくとだに えやはいぶきの さしも草 

さしも知らじな もゆる思ひを (藤原実方朝臣)


(こんなにあなたを好きだという気持ちさしも草が燃えるようなを、あなたは知らないのだろう。)

十代の頃からこの歌が好きだ。

誰か

誰かの夢に登場できることは嬉しい。

門番がいる実家

実家の庭が広くなっていて門があり、門番が立っている。なぜか受付の女性までいる。見通しのよい廊下を通ると、中は小さな3LDK。両親の部屋にコタツが置いてある。父が来る前に隠すものを隠そうとするが隠しきれない。手元のメモに「ブックオフ」と書こうとするが何度も失敗する。少し前までまき戻しに成功し、夕暮れの中街へ飛び出す。入れ違いになってしまっただろうか。春の淡い空の色。鶴見川に向かって歩き始める。



…という夢。シチュエーションは違うけれど、これに似た構造の夢を、ここのところくりかえし、くりかえし見ている。

診察の日

2週ぶりの診察日。いつもは早く着くのだが今日は時間ちょっと遅れて着いた。待たずに診察。年度末はきびしかった〜という話と、最近の自分の話。

公式も正答もないのだと。人間だから。



薬の処方は変わらず。でも最近かなり飲み忘れている。リチウムが手元にだいぶ余ってしまった。眠剤だけはなしでは寝つけず。次回は1ヵ月後。その間に調子が悪くなったらいつでも連絡してよいよ、と言って下さる。却ってほっとする。

メール

おひさまに許される、 という文を読んだ。自分が書いたものかと思ったら、送られてきたものだった。…という自分を第三者的に眺めている。



…という夢。いろいろごっちゃになってる。

耳づまり

昨夜電車でうたたねして起きて以来、耳がつまった感じでつばを飲むとばりばりと音がして痛む。鼻をかんでもすっきりせず、耳抜きもできず。今朝起きたら口呼吸してたのか、ノドまで乾いてきた。花粉症の影響?



よく聞こえないし不快。どうしたらよいのかしらん。この時期耳鼻科は混んでいるから行きたくない…。

よき日

友人kさんの結婚パーティの日。朝からとても天気よくて、あったかくて、いい空の日だった。大事な人とずーっとずーっと一緒に歩いていけること。末永くお幸せに…。

ああ、そうか。

願掛けに似てるかもしれない。無理やり抑えるんじゃなくて、そうしたいからそうするんだ、みたいな。



抽象的なんだけど、これでいくつかの謎が解けた気がする。




いつのまにか

まだまだ寒いな…と思ってたが、気がつくと空気が緩んでいてあったかくなっている。昨日の昼はコート無しで出かけたし、朝洗濯物を干すときにゆびさきが冷えることもない。もう春分も過ぎたし、3月だって終わりそうだ。

長くて寒かった冬が終わる。春だ!

雑感

■昨日の私と今日の私は同じ人間なんだろうか。違う人間なのかもしれない。人の感情なんて一意に決まるものでもないだろう。言わなきゃよかったと思うことも、きっとそのときに言わなければ後悔したのだろう。それは甘えか、信頼か。



■一旦亀裂が入ったものはあっという間に破片になる。元通りに戻らないことに愕然とする一方で、破片の上に辛抱強く積み重ねることができるかどうか、という可能性が残されていることにも気づく。試されているのかもしれない。神さまは簡単に未来なんか見せてくれない。広義の愛は限りなくやさしいけれど、血まみれで棘が食い込む重さを背負うような。人の重さを受け止めることと、自分の重さを受け止めてほしいと願うこと。



■遠藤周作の描くイエスは、目に見える奇蹟は起こせないけれど、一人一人のために涙を流し、同伴して、背負ってくれる存在。改めて読み直す。



■友人の言葉。「いつかそうなるだろうと感じたら、きっとそのときは来ます。」



■絶えず祈ろう。

子どもがえり

両親と私の3人で午前を過ごした。家を出て独立してからの方が、両親が甘えさせてくれている気がする。弟が生まれる前、一人っ子に戻ったような。3人で過ごす時間も、思い返せば少なくない。子どもがえり、なのだろうか。それとも親が歳をとったのか。



「らくさがよろこぶから○○に連れて行こう」「くるくる寿司に行こうね」「靴を買ってあげるよ」



三十にもなって、十代の頃より可愛がられている気がする。書いていて気恥ずかしいが、父とうまくコミュニケートできなかった時期とも、「お姉ちゃんなんだから」としっかりすることを求められていた時期とも違う。

NRT-MUC-VIE-FRA-NRT(4月)

4月のVIE出張のチケットを手配。VIEまで直行のOSが満席で取れず。



LH715 M 19APR NRTMUC 1205 1730

LH6328 M 19APR MUCVIE 1830 1935



LH3531 M 23APR VIEFRA 1055 1220

LH710 M 23APR FRANRT 1335 0730+1



正規割引運賃のユーロマンティック21で95,000円+tax。格安券の方が高い(110,000?)という逆転現象。

とても言えないような夢

目の前で、口に出せないほど残酷な刑罰が実行される夢を見た。叫び声も感覚もリアルで、悲鳴を上げて飛び起きた。その後またまどろんだら、罪を犯して逃げ惑う自分がいた。次々と扉を開けて追われる。朱色の扉。赤い石だらけの荒野を裸足で歩いてバルセロナまでたどり着いたら、会わせてやろうと言われる。足が血だらけになる。



…という夢。詳細はかなり省略。却って疲れた。

だめだ、今日は。

だめだ、今日は。苛立ちとか悲しいとかそういうネガティブな気持ちにすぐ引きずられる。仕事に集中していられる間はよいのだけれど、ちょっと気を抜くと苛立ってくる。やっと紙で出すものは書いて印鑑ついて出したけど、まだ引き続き残っているので引き続きキーボードをたたいている。そろそろ右手が痛くなってきた。



自信がないんでしょうね。


立替払い

出張が続いてカード立替を続けていたら、本日の銀行の残高は6万円だった…。スペイン出張の分が返ってくるのは今月末、来月のウィーン行きの分は半分既に払ってあるがこれも5月になってからだろう。運転資金がないと結構きついかも…。20日の給料日までなんとか持てばよいのだけど。



壊れたかばんと、春物のスーツを買わなくちゃならないんだけれどなぁ。

左側偏頭痛

先週木曜は左側の頭がんがん、歯も腫れていて抗生物質も飲んだ。

今夜も左側が偏頭痛。だんだん辛くなってきてチカチカする。寝られればよくなるのだが。ひどいと吐き気も出てくるので辛い。鎮痛剤はこれ以上飲みたくないが、飲まないと寝られないことも。

のこぎりとナイフ

3メートルほどもあるのこぎりを縦に持って歩く。ゆらゆらと頭上で刃が揺れて、電線にひっかけそうになる。

ウチの裏の十字路でナイフを持ったグループに襲われる。とっさに連れを守ろうとして、投げられたナイフが地面に落ちたのをしっかり踏む。手に汗をじわっとかいているのが分かる。



…という夢。刃物の金属の感じをリアルに憶えている。

おぞましさに意味はないのか?

死の灰の影響、米が極秘調査…死産胎児の骨入手?(3月8日読売)



核実験の死の灰による日本人への影響を極秘に調査していたとのこと。ストロンチウム90の測定を隠蔽してラジウムの分析としていたらしい。日本が対象になったのは太平洋の核実験場に比較的近いという地理関係もあると。この頃の新聞記事には原爆マグロという言葉があるし、手塚治虫の漫画に放射能の話が幾度となく出てくることを考えると、身近な脅威だったのだろう。



しかし、この調査の目的は一体なんだったのだろう?核実験が爆発を試すだけでなく、人体への影響も試しているということは許しがたいのだが、実際に調査分析されたデータは一体どうなったのか?たとえばチェルノブイリ原発事故の際に、これらのデータや役立てられたのだろうか?劣化ウラン弾の被害に役立てられてるのだろうか?

花粉症

花粉症と診断されたのは昨年から。

出張から帰ってからコンタクトレンズはうまく入らないし、鼻もぐずぐずしてきたので、今日はアサイチで眼科に寄って来た。「去年と同じですねー」とのことで、2週間分のお薬処方。症状は主に目にでるので、耳鼻科より空いている眼科にかかれる。



クラリチン:これ飲めばかなり楽になることは去年わかった

オドメール点眼:アレルギー性結膜炎でもこれを使った

リボスチン:これも併用。



去年は3月16日に眼科にかかってたようだ。今年もコンタクトをワンデーに変えるかなぁ。

いちご狩り

行きたいね、ということでchiguと話す。最少催行人数に達したら行くかも。去年は伊豆韮山で30分間いちごを食べ続けた。 三浦半島のこんなとこが候補。



こういうお出かけが好きなのだ。

走りに走ってロストバゲージ

帰りの飛行機の話はおいおい書くとして。



パリの乗り継ぎはひどかった。ビルバオからの飛行機から降りて、バスでゲートについたのが22時30分。スルーチェックインできてなかったので、カウンターでCDGNRT間をチェックイン。既にボーディングが始まっているとのことで、ターミナル2Fから2Dまで、誰もいない空港内をひた走る。動く歩道の上も走って22:45にパスポートコントロール。私のすぐ後ろで閉められた。飛行機の離陸予定は23:15。パスポートと荷物チェックが終わってからもダッシュ。ぎりぎり間に合った。



窓際の席になってしまったので、めがねやらあらかじめいるものは手元に残してあとは上に置いてしまった。



そして成田にて。待てども荷物が出てこない。預けた荷物は2つで、1つはポスター、もう一つがスーツケースなのだが、スーツケースが出てこない。調べたもらったところ、パリで積み込んだ記録がないそうな。乗り継ぎの時に積み忘れたのだろうと言われる。



連絡先を書いて帰宅。翌日連絡がないのでこちらから連絡してみたら、「ちょうど今連絡するところだった」と言われる(苦笑)。土曜の朝に成田に届き、土曜中には自宅に届けてくれるそうだ。



最後の最後までいろいろあった…。

AF5969〜AF278(BIO-CDG-NRT)



かなり早く、2時間半前くらいにビルバオ・ソンディカ空港に到着。がらーんとしている。チェックインはイベリア航空のカウンターでまとめてやっているとのこと。荷物は成田までスルーで預けられたが、航空券はパリでチェックインしろと言われる。





バス1台分の人数が、CRJ7001機に搭乗。外側で写真を撮ってたら怒られてしまった。席は最後尾の19Dだったが、少し空いていたので前に移る。隣も空いていてラッキー。しかし、この後が長いからと思って酔い止めを飲まなかったら、離陸直後から気分が悪くなった。足元からすーっと吸い込まれるような感じ。目をつぶると悪酔いしたかのように気持ち悪いし、天地が分からなくなる。





そんな中、軽食が配られる。ターキーとカレー風味のマヨネーズサンド。決して不味くはないのだが、酔いがひどくて一口でダウン。



着陸後、バスに乗せられてゲートに着いたのが22時30分。それからチェックインして、2Dターミナルまでひたすら走り続けてAF278に搭乗。オーバーブッキングがあったらしく、隣の人は「明日の便でもいいか?」と聞かれたらしい。通路側は取れず窓際28L。必要なものは手元に出して席につくとうとうとし始める。離陸はだいぶ遅れて01時を過ぎていた。





最初の機内食。疲れて乾燥した機内では、味噌汁のサービスがとてもありがたかった。酔い止めと睡眠薬を飲んで食器を下げてもらってから記憶がない。



パスタサラダ、フェタチーズ

鶏フィレ肉マイルドなスパイスソース添え セモリナ、野菜

カマンベールチーズ

フルーツヨーグルト

レモンタルトレット



ヘッドレストで頭をしっかりと固定して、靴を脱いで毛布をひっかぶって、数時間爆睡していたようだ。まったく意識がない。気がつくとハバロフスク上空だった。あまり寝すぎると今度は時差が出ると思い起きる。一度も立ち上がらなかったせいか、足のむくみがひどく、靴に入らない…ふくらはぎのあたりから軽くマッサージをする。





着陸前の軽食。メニューに記載はない。クリームチーズのようなデザートにジャムをつけて食べたら美味しかった。ハムは豚肉なので食べられず。



定刻より遅れて着陸。その後ターンテーブルでひたすら待ち、初めてのロストバゲージ。機内で眠れたせいか、往路よりも疲れていない感じだ。帰宅して、寝る前にメラトニンを一錠。すっと寝付くことができた。欧州からは夜便が楽かも…。

Donostia(San Sebastian)〜Bilbao



ドノスティアのバスターミナルから高速バスでビルバオへ。6.3ユーロで70分。バスク鉄道よりずっと早くて楽だし、荷物を預けて座れるのでうとうとできる。チケット売り場が分かりにくく、雨の中立ち往生してしまった。事前にwebで調べていった ALSAのバスを利用。





ビルバオのバスターミナル。14時に到着。結構しっかりできていて、売店やカフェ、ロッカーがある。大きい荷物を1ユーロでロッカーに預けて昼食をとりにでかける。





BARの定食メニュー。手元にあった「歩き方」の食べ物単語リストとにらめっこであたりをつける。しばらく野菜を食べてなかったので、サラダ(Ensalada)にしよう。





立ち飲みスペースの奥にレストランがある。早口で本日のメニューをまくしたてられ、「Ensalada, Fillet, por favor」とお願いする。テレビではETAの爆発についてのニュースが流れていた。





久しぶりに食べた生野菜。レタス、たまねぎ、トマトにツナ。オリーブは中にアンチョビが詰まっていて美味しい。ちょっと塩がきつめだが。





ハンバーグのようなもの。このあとアイスクリームかヨーグルトをデザートに選ぶ。





腹ごなしに少し歩くと、モユア広場という中心地に出る。ちょうど晴れてきた。





現代美術で有名なグッゲンハイム美術館へ。時間があまりなかったのと、好きな分野ではなかったので、ショップだけ見て終わってしまった。





バスターミナルに戻って、17時25分発の空港行きバス。1.15ユーロ。この頃から天気が悪くなってきて、雷雨。





ビルバオ・ソンディカ空港。ドームのようになっていて不思議な建物だった。チェックインは一括してイベリア航空のカウンターにて。